三年ぶりくらいに映画『禅-Zen-』を見返しました。
この作品は、道元禅師が中国へ渡り、禅の教えを学び、日本に曹洞宗を開いていく姿を描いています。そのため、「曹洞宗を伝えるための映画」「宗教色の強い作品」と受け取る人もいるでしょう。原作があるようですが、それでも、そういう見かたも一つの見方になるのは仕方ないかもしれません。
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| 映画の中で、道元禅師が、 セミの抜け殻を池からすくいあげるシーン。 このシーン好きです。 |
私には宣伝映画というより、「生きるとは何か」を静かに問いかけてくる映画でした。
禅は、ときどき「冷たい教え」と言われます。
優しい慰めの言葉をたくさんかけてくれるわけでもなく、「こうすれば幸せになれる」と約束してくれるわけでもありません。
でも、私が受け取ってきた禅は違いました。
目の前のことを、ただ丁寧に生きること。
過去への後悔や未来への不安に振り回されず、今を一歩ずつ歩くこと。それが苦しみや欲望から少しずつ離れていく道なのだと、私は受け止めています。
だから禅は、死ぬための教えではなく、生きるための教えなのだと、私は思っています。
また、禅では「仏は外にいるものではなく、自分の中にも仏性がある」と説かれます。それは、「誰でも善人だ」という単純な話ではありません。
どんな過去を生きてきた人でも、自分自身を粗末にし続けることは、自分の中にある大切なものまで傷つけてしまう。だからこそ、自分を大切にしながら生きることが大切なのだと、私は理解しています。
私自身、振り返ると不思議なくらい禅との縁があります。
父の祖父は得度し、生涯禅を貫いた人でした。
曽祖父は得度し、生涯、禅的暮らしを貫いた人でした。
一方で、父が幼い頃によく泊まりに行っていた、親戚のお寺は真言宗のお寺でした。
寂しくなると、自転車で遠くのその寺まで行きますが、住職は父を子どもたちと一緒には寝かせず、本堂で二人きりで食事をし、夜も父は一人で本堂に寝かされました。
何度も、訪ねたけど、一度たりとも、母屋でお寺の子供たちと一緒に寝かせてくれることはなかったといいます。そして、「母屋で寝たい」というと、「強くなれ」と諭されたと言います。
今思えば、それは突き放していたのではなく、父と静かに向き合う時間をつくってくれていたのかもしれません。
父を案じ、法話を聞かせ、生き方を諭してくれたそうです。
そのお孫さんである僧侶は、私の結婚式のお仲人でした。父は、最初から決めていたようです。お仲人の話が出たとき、即座に、その住職の名をあげました。
そして、亡き娘の菩提寺も禅寺です。これも偶然です。私が、それを指定したわけではない出会いです。
大切な一冊を必死で読み返した年月
そして娘が亡くなる少し前、不思議なことにFacebookでは多くの禅僧の方々と交流するようになりました。
その中のお一人は、『禅-Zen-』の撮影で、坐禅や作法、応量器の扱いなどの指導に携わった方がいました。それも、初見で映画を見たときからは、ずっと後になって知ったことですが……。
映画を見て感動した話をした相手が、実はその映画づくりに関わっていたという偶然には驚きました。
その方に勧められて読んだ『正法眼蔵髄聞記』は、とても難しく、最初はほとんど理解できませんでした。
それでも娘を亡くした後、何度も何度も読み返しました。読むたびに少しだけ分かるところが増え、本はすっかりぼろぼろになりました。
最初にお経を唱えてくれた僧侶
また別の禅僧の方は、娘が亡くなった朝、戒名をお伝えすると、その日の朝のお勤めで読経してくださいました。
直接お会いしたこともない方が、遠くのお寺で祈ってくださったことは、今でも忘れられません。
だから私は、生きているうちに必ずお礼に伺いたいと思っています。
(私は特定の信仰を勧めたいわけではありません)
✜
自分の人生を振り返ると、多くの禅僧との小さなご縁を繋ぎ、そして支えられ、これまで生き延びてこられたことは確かです。
映画『禅-Zen-』を見終えたあと、そんな一つひとつのご縁を思い出しながら、静かな時間を過ごしました。
これもまた、私にとっての仏縁なのかもしれません。
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| もうボロボロになってきた坐蒲 |
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