子供の頃から、父が人を見る時に大切にしていたことを身近で見てきた。
父は、肩書きや口のうまさだけで人を判断する人ではなかった。
むしろ、そんなものよりも、日常のほんの小さな動きを見ていた。
その中でも、今でも覚えているのが「靴べら」だ。
父が部屋で食事を済ませ、着替えをし、お茶を飲み、眼鏡を選ぶ。
その一連の気配を、玄関にいる人間は感じ取っている。
まだ父が姿を見せる前から、玄関では準備が始まる。
靴はきちんと磨かれているか。
向きは揃っているか。
靴べらを出すタイミングはどうか。
そして、ただ渡せばいいわけではない。
持つ人が自然に手を伸ばせる位置に、そっと持ち手側を差し出す人。
ぶっきらぼうに、靴ベラの先を胸の位置に差し出す人。
足が靴に入る瞬間、すっとかかとに靴ベラを差し込む人。
靴ベラを手にしない人。
靴を揃えただけで、そのまま待っている人。
靴を磨いて揃えて置く人。
それでも、父が玄関に出て来た時に、
靴は揃えてあるものの、違う靴を履きたいときもある。
父が下駄箱に手を伸ばそうとした瞬間、
下駄箱をそっと開けて父が靴を選びやすいようにする人。
父が、「靴」といって下駄箱に手を伸ばしても、
「は?」と、3秒固まって、それから慌てて下駄箱を開ける人と、
聴こえていないのか、ぼーっと立ってるだけの人もいる。
同じ「靴べらや靴」にまつわる行動でも、そこにはその人の性格が出る。
たとえ、親から教えられてこなかったことでも、見て覚えることはできる。
そこで父が見ていたのは、要領の良さではなかった。
それは、そのシステムを教えてマニュアル通りのリアクションを
完璧にできるか…という話ではない。
誰も教えない。
それは、相手への繊細な気遣いと、礼儀を学ぶ気持ちだった。
一見、システム化された「お決まりの奉仕」のようにみえるが、そうではない。
そして、これは、父がそうするように指示したわけではない。
自然に、誰かがはじめたことが連鎖し、
どんどん新しい人に引き継がれていった「朝の儀式」だ。
つまりは、「やったほうが得なこと」という考え方もある。
「やったほうが、相手に喜んでもらえる」という考え方もある。
だから、
名前を覚えてもらうためのアピールなのか、
相手の立場になって行動している気遣いなのかは、ここで露呈することが多かった。
私はいつも、その一連の朝の動きを、
滑稽な儀式と感じながら、後ろから(当時は高校生だったが)冷めた目で眺めていた。
靴べらを差し出せる立場は、失敗しなければ、わりと出世コースでもあった。
誰かに褒められるためではなく、
自然に相手のことを考えられる人間なのか。
そこを見ていたのだ。
それは、家族だけの食事の時間などに、ぼそっと父が口にすることがあった。
ある朝、私は学校に行くために自転車のあるガレージに向かった。
ガレージの前に、ある若い男がふたりいた。
ひとりは、最近よく見る人(A)。
もうひとりは、はじめて見た人(B)。
でも、どちらも名前は知らない。
誰の下なのかも知らない。
そういう「ランク」の人だったんだろう。
父が、外出のため外に出てきた。
その若い男(A)は、自分より下の人間ができたことで、
少し気が大きくなっていたのかもしれない。
父が出てきた瞬間、吸っていたタバコを地面に落として、靴で踏み消した。
すると、その近くで、ポツポツとコンクリートの間から出ている草を抜いていた、別の若い男(B)が、黙って吸い殻を拾い、外にある灰皿へ捨てた。
私はその時思った。
「ご愁傷様……」
たぶん、この二人は、これから大きく違う道を歩くんだろうと感じたから。
父は、その小さな行動を見逃さなかった。
車に乗る時、側近に、父は聴いた。「あれは誰だ?」と_。
若い男性(B)の名前を聞き、その若者のことを、父は心に留めたのだ。
誰も評価していない場所で何をするか。
誰も見ていない時にどう動くか。
父が見ていたのは、そこだった。
もちろん、人間は一つの行動だけで決まるものではない。
誰にでも失敗はある。
一度のミスで人間を判断していたわけではないと思う。
父は、よほど大きな、全体にかかわることでもない限り、
些細な事に対して批判や叱責はしなかった。
そんなことではいちいちしない。
「そういうやつか」と、思うだけである。
そして、吸い殻を拾って捨てたほうの若い男(B)は、名前を憶えられた。
自分のアニキより先に名前を憶えられた。
父はよく言っていた。
大きなことをペラペラ語る人間より、
気遣いと、口ばかりではなく行動ができる人間を見ろ、と。
玄関で靴べらを差し出す時。
落ちている吸い殻を拾う時。
誰にも指図されていないこと、
あるいは、誰にも見られていない場所で、
どう振る舞うか。
そこに、その人の本質的なものが、自然に露呈する。
父が教えてくれたのは、そんな人間を見る目だった。
もっとも、あの頃は、
「馬鹿たちが馬鹿を迎える茶番の朝」
くらいにしか思っていなかったが___。

