『小さな親切、大きなお世話』の暴走度が増すGPTのお絵描き
小説のダイジェスト動画の絵を、GPTに描かせている。
でも、これがかなりストレスになる。
こちらがプロンプトに細かく書いているのに、GPTが勝手に暴走して、「こっちのほうがいいかも」とでも思っているのか、プロンプトには書いていない余計なことを足してくる。
人物を勝手に変える。
服を変える。
背景を変える。
立ち位置を変える。
時間帯を変える。
ここだけ直してと言っているのに、他の部分まで勝手に変えてしまう。
ほんとにやめてほしい。
「他は変えてはいけない」と釘を刺しているのに__。
AIの進化が、勝手な思い込みで先走る方向に進むのはやめてほしい。
『小さな親切、大きなお世話』とはこのことだ。
私は、最初に出版した『バーバー田中のせっちゃん」の絵を、絵師にお願いした。訂正する部分も丁寧に説明すれば、ちゃんと直してくれる。
『バーバー田中のせっちゃん 夏休みの村』(Amazonキンドル)
たとえば、その絵師さんが「訂正…じゃあ、ここも直したほうが喜ぶかも」と、勝手に、ストーリーとかみ合わない絵にしてしまったら依頼主はどう思うか。
でも、まあ、まず、そんな絵師はいない。
そこが、大きなお世話のAI画像との大きな違い。
私は、何度も、もう、絵をAIに描かせるのはやめようかと思った。
でも、六巻まであるものを二巻まで作ってしまったし、三巻もある程度作ってしまった。今さら途中でやめるのも気分的によくない。
だから続けているわけだが……(ハァ。。。)
ところで___。
三巻の動画に使う絵で、どのシーンをもう描いたのか、どのシーンをまだ描いていないのか、ストレスだらけのプロンプトに疲れて、だんだん自分でもわけが分からなくなってきた。
それでGPTに、
「一回整理して、リストアップしてみて」
と、絵のシーンをリストアップさせた。
すると、また勝手にバイアスをかけて、ものすごい数、網羅してきたが、ほとんど、なんでここ?なんでこんなに?あれは?あのシーンは?
と、(ハァ……)
必要なシーンを抜かす。
その一方で、ひとつの場面を
やたら映画のカット割りみたいに細かく分けて、もっともらしく並べてくる。
その文章を書いた私の立場からしてみれば、
何を考えて、AIにその場面を描かせようとするか、すべて意味がある
◇ー◇ー◇
そして、
実写映画を作っているわけでもないし、
人間の俳優を使って撮っているわけでもない。
AIに静止画と短い動画を作らせて、
それをつないで動画にしている。
もちろん、もっとサクサクと、今のような多大なストレスもなく、同じ人物、同じ顔、同じ服装、同じ背景、同じ時間帯、同じ場面のまま、カメラアングルだけ変えた画像を何枚も描けるなら、いくらだって描かせたい。
でも、今の状態では、絶対に、それはできない。こだわった場面では、一枚描くのに半日かかることだってある。
勝手に、どや顔でもしてるかのような自信満々なアドバイス口調で、映画みたいに一つの場面を何カットにも割って、「ここも描きましょう」「次はこれ」「このシーンは欠かせない」と簡単にたくさん並べてくる。
そのくせ、あのシーンは大事だから入れると、私が伝えても抜け落ちる。
そして、さらに、もっと気になることがある。
GPTは、ビジュアル的にやさしげな絵ばかり描きたがる。
かわいい子供。
花。
笑顔。
家族。
食卓。
平和な風景。
そういう絵ばかり選びたがる。
でも、私は昭和をそんなふうに描きたいんじゃない。
アネモネやタンポポや桜の花びらが散る、平和でめでたい場面。
もちろん、そういう場面だって昭和にはたくさんあった。
でも、その数と同じくらいに。
激情もあった。
激しい怒りもあった。
苦しいくらいの愛情もあった。
全力で何かを守る人生もあった。
刹那的に消えていった命もあった。
無慈悲に消えた命もあった。
食堂のテレビで、店全体が盛り上がった相撲や野球、
沢村のボクシング中継への歓声も、昭和世代には懐かしい場面。
みんな、懸命に生きてきた。
全力で笑ってた。
全力で泣いた。
全力で怒った。
全部が全力の時代だったんだ。
どんな世界も。
どんな業界も。
今は、そこにいちいち善悪の判定、正義の定義を一律でつける。
これは正しい。
これは間違っている。
これは危険。
これは不適切。
そうやって、何でも分類する。
でも、人間なんて一面だけではできていない。
あの頃の大人たちは、それを知っていた。
助け合い、信じ、修復し、期待し、再起し、反省もし、
そして誰もが、他人の人生をちゃんと尊重していた。
戦争を越えてきた大人たちだったからだろうと思う。
戦争を超えたとは、屍を超えて生き抜いたということだ。
人間が熱く、本気で生きていた時代だった。
だから、動画の中に、どきっとする場面も絶対に必要。
やさしい絵ばかり並べたら、平坦になる。
きれいに美化していないか、という話になる。
私は、怖い絵を入れたいわけじゃない。
刺激がほしいわけでもない。
そこにあった熱を抜きたくない。
人間が本気で生きていた、そのエネルギーを消したくない。
アネモネもある。
タンポポもある。
桜もある。
その横に、怒号もある。
泣き声もある。
歓声もある。
死もある。
愛もある。
激情もある。
全部入らないと、
「私の昭和奏鳴曲」じゃない。
だけど、GPTは、今夜も勝手に
「このほうがいい絵だよ」と言わんばかりの、
可もなく不可もなく、なんとなくよさげ~✨
という、絵に変えたがる。
命の骨を書きたがらないコンプラ上等!
抗って、抗って、最後まで書かせてやる。
.png)
%20(1).jpg)

