当時は、調子が良くて、母におべっかばかり使う
「うざい先生」だと思っていた。
私の誕生日に「星の王子さま」をくれた家庭教師の先生だ。
でも、後になって振り返ると、実は、私のことをよく見てくれていた人だった。
小学5年生から6年生の頃、私の家には家庭教師の先生が来ていた。先生は、慶應義塾大学の法学部の学生だった。
今思えば、かなり優秀な人だったのだろう。
でも、子どもの私にとっては、そんなことは関係なかった。
やたら、情熱的で、快活で、明るくて、礼儀正しくて、両親はとても気に入っていたし、お手伝いのおばさんも、いつも、その家庭教師をほめまくっていた。
ごはんまで食べていくこともあって、「なに、こいつ……」と
私は、そんな風に思っていた。
確かに、アイドル系の顔つきだったかもしれない。母とお手伝いのおばさんは、そんな若く爽やかな(?)、エリート大学生のファンになっていたのだろうか。
私にとっては、ただただ、暑苦しくて、
鬱陶しくて、いちいち腹立たしいだけだった。
ある日、誕生日が近づいて、楽しみにしていた私は、ドヤ顔で(たぶん)、そのことを先生に告げた。
「先生、来週は私のお誕生日会なので、お勉強はお休みになります」
たぶん、少し得意げな口ぶりで言ったと思う。
子どもにとって、誕生日というのは特別な日だ。
あの当時(昭和40年代)、「お友達のお誕生日会」は
楽しいイベントみたいなものだったから__。
友達がたくさん来る。
ケーキや揚げ物、手づくりドーナッツやクッキー、
おいなりさんに、ちらし寿司、綺麗に盛られたお料理がある。
そして、招かれた子たち、一人分ずつ、小さな袋に分けて渡されるおかしの包み。友達たちからプレゼントをもらい、ひとつづつ開いていく。
その日は、当然、勉強なんてしたくない。「お勉強は休み!」
一年に一度の、一大イベントなんだから……と、
どや顔だったはずのあの日の私。
ところが先生は、あっさり言った。
満面の笑みで、私をのぞき込み、
「あ、そぉ~!おめでとう!」
ここまではよかった。
次の言葉を聞いて、私は心の中で、崖から真っ逆さまに落ちた。
え?
「じゃあ、先生もぜひ参加させてもらおうかな。
プレゼント楽しみにしていてね」
そこに、カルピスとカステラを運んできたお手伝いのタカおばちゃんが、口を出す。
「そうそう、ねえさん(母)も、先生に参加してもらおうって言ってましたよ。先生もおごっつぉ(ごちそう)、たくさん作るから、食べていって」
なにーっ?!
余計なことを……、おしゃべりタカめ……💧
しかも、先生は、
さらに、
「そっかー!ぜひ、参加させてもらいます!
その前に勉強するから、いつもより1時間早く来るね」
と言った。
私は内心、
なんだこの先生!
と、また思った。
せっかくのお誕生日なのに、勉強時間を増やす?!
しかも誕生日会に参加する?!
私は、完全にふてくされた。
そして、お誕生日会の当日。
友達が集まり、ハッピーバースディーを歌い、ろうそくの火を消してケーキやごちそうを食べる。そういう時間を少し過ごしたのち、ゲームを始めた。
すると、予想外のことが起きた。
友達が、先生を気に入ってしまい、ゲームで盛り上がっていく。
一緒に食べて、話して、ゲームをして___。
先生は、まるで前からの知り合いのように、子どもたちの輪の中に入っていた。
しかも、先生はみんなに、小さな可愛らしいノートまで、一冊づつプレゼントを用意していたのだ。
誕生日会が終わる頃には、
私以外の友達はすっかり先生のファンになっていた。
「先生、小学校の校庭に行こうよ!」
誰かが言い出した。
誕生日会の後、みんなでドッジボールをする予定だった。
普通なら、このタイミングで先生は帰るところだ。
小学校まで、子供の足では、余裕で20分近くかかる。
でも先生は言った。
「いいよ、一緒に行こう」
私は思った。
え、えぇぇ……?!
慶應の法学部の大学生だよ?
しかも、学校は家からそんなに近いわけでもない。
なんで小学生のドッジボールについてくるの?
その時の私は、見てわかるくらい、相当、ふてくされていたはず。
「うざい、二度と来てほしくない、もうやめてほしい」
くらいに思っていた。

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