諸般の事情により、できるだけ無料にシフトした5月。
この一か月、本当にストレスだらけのネット環境だった。
『きんもくせいが香る頃』第二巻の動画を作成するのは有料プラン復帰してからにしようと考えていたから、画像だけ作りためていた。
しかし、その画像生成も、今月半ばに無料に戻した。
私は週に数日、パートをしているが、それが最近、“越”の若者とシフトが入れ替わった。
そして、シフトは週1日になった。これは体のいい肩たたきであり、何年もやってきた日本人より、若い越人に変わったほうが、よほど何かメリットがあったのかもしれない。
そのメリットは何なのか、私にはわからないとしておくが、少なくとも「掃除」なんて仕事は、日本人のおばあちゃんのほうが、なめられるほど綺麗に掃除をするんじゃないか?という自負はある。
今月いっぱいで無職になるかもしれない。
無料プランのAIへのストレスが予想以上だった。
話は横道に逸れたが……。
そんなわけで、あらゆるネット上の有料プランをほとんどすべて無料に戻した。WPもレンタルサーバーもドメインなど、すべて撤退するのも、そういう背景があったからだが……。
生涯、試され続ける人生。
退転した時期も人生の十分の一くらいの時間あったけれど、基本的に、どんな困難も不退転で生きてきた。折れた時期もあった、折れそうになることもある。
しかし、それでも生きることを止めるわけでも行動を止めるわけでもなく、「病気」と「重なるアクシデント」は、体と経済のシグナルになっていった。
そして、「負けない、絶対負けない」と、折れそうな枝を逆噴射で支えてきた。逆噴射が止まれば、あるいは、その枝葉はとっくにボロボロと落ちてしまったのかもしれない。
天のどこかから、「精神で生き抜けろ、自分に負けるな!」と精神論的な“声”でも聴こえていたのかと思うほどだ。
体調不良は、むしろ、私の中の「真空の不退転」を生み出し、「絶対に止めない、生き抜くためのアクセル」になっていたのだろう。そんな半世紀近い年月だった。
だから、
体は本当にいろいろ問題があるけれど、
そして、
「業が強い」発言に聞こえるかもしれないけれど、
実は、
「空(からっぽ)」の精神力だけで生きてきたようなものなのだ。
私にとっての、持続可能な精神力とは「空」だ。
……とはいえ、
ここでは、そんな私の、人様にとってはくだらない精神論を延々と語るつもりではなく
めずらしく、私が、なぜ、こんなぐずぐずしたことを、このブログに書いているかの理由。
それがこれ……(オチ?)だ。
AI動画を作っている人なら、思わず笑ってしまうだろう。
小説のストーリーにあわせて作った画像が、いきなり
いつの時代の、
何歳の
どこの誰なのか
すべて変わってしまっている。
これが、できあがった動画。
2回直したが2回ともまったく同じ動画になった。
😭
絶対に変えてはいけない
・この絵をそのまま動画にする。絶対に絵を変えてはいけない。
・この絵を使って動画にする。別人、別の背景にしない。
・この絵を動かす
プロンプトに、これらのことを加えれば、かなり強い指示文になる。だから、いつもは、必ず、そこは守って描いてくれるのだが、今回はうまくいかなかった。
二枚目は、全く使えない。そして無料なので、もうクレジットが消えてしまった。
一枚目(行商の農家の母)は成功したが、二枚目のシーン(農家の父の農作業風景)を2回やり直して今日のクレジットは終了。
1枚目はこれ↑。行商帰りの農家の母親。汽車の音だけ入れる。
BGM音楽は入れてはダメ。BGMはNGと入れたのに、BGMが入ってる。
でも、妥協した。
仕方ないので汽車の音は別にとり、この動画は無音で使用することにした。
元の絵はこちら↓
いったい、私はなにをしているのか
いい歳をして・・・と、泣きたくなる情けない時間が過ぎていく今日この頃。

.jpg)


