私が、グレーでマッチョな集団環境から学んだこと(修正更新)

2026年6月11日木曜日

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私自身、育った環境から学んだこと、経験したこと

なぜ私は、ここまで強く「お金や物だけを物差しにすること」へ疑問を持つようになったのか。今日は、その背景について、少しお話ししたいと思います。

豊かさと成熟について、私が生い立ちを通して考えてきたこと


※このイラストは、実際の写真をAIでイラストにしたものです。女の子、ちょっとかわいすぎます。実際は、弟と喧嘩してふてくされた顔をして写っていたので「笑顔にして」の指示で、こんな可愛い女の子になりました💦

幼い頃に見ていた「大人たちの優しさ」



私は、生まれたときから、昭和の言い方をすれば「お手伝いさん」と呼ばれる女性が家におり、子守りをしてくれる人も大勢周りにいました。専属運転手のいる環境で育ちました。

入れ替わり立ち代わり、朝から、手土産をもってやってくる街内外の商売人、政治家、時には記者などもいました。(この記者についてはいずれ書きます)

父の部下や取り巻き、お手伝いさんや運転手はもちろんのこと、
家業で土建屋を兼業していたので、社員や日雇いの作業員たちにも、よく遊び相手をしてもらいました。昭和中期までみられた日本の中小企業そのものの形態だったかもしれません。いわゆる「社員は家族」という__。

会社の事務員や社員だけではなく、当時は、季節労働者の出稼ぎの作業員もいました。中には、流れ者と呼ばれることもあった訳アリの日雇いで、現場が一つ終われば去っていく、フーテンの寅さんのような気さくなおじさん、お兄さんもいました。

「飯場(はんば)」と呼ばれる現場近くの寮兼食堂には、作業員のために、ご飯を作るおばさん、お姉さんもいました。知り合いや近所の大人たちも、皆、親切に接してくれました。


大人の社会の二重基準を、しっかり知り始めたころ

表面的には、
多くの人に大切にされて育った子どもだったと思います。

しかし、10歳を過ぎた頃から、
私は次第に、あることに気づき始めました。

それらの優しさの多くが、
必ずしも「私という人間」そのものに向けられていたわけではない、
ということです。

当時、小さな地方都市で市議会議長をしていた祖父、
そして父や母との関係性を意識した、
いわば“付き合いの一部”としての親切であることを、
子どもなりに感じ取るようになっていました。

中学生になる頃には、
すべてがそうだとは言いませんが、
その多くが、私個人ではなく、
私の背後にある立場や家との関係によるものだと、
かなりはっきり理解するようになっていました。

18歳で感じた「お金の虚しさ」と「残酷さ」

さらに、高校を卒業する頃になると、
私はもう一段、現実をはっきりと見るようになりました。

それは、
父や祖父、母といった個人への配慮ではなく、
そこにある「お金」や「力」そのものへの迎合でした。

お金は、生きていくうえでとても大切です。
そのことは、今も変わりません。

けれども、
お金が介在した途端に、
人の言葉や態度がここまで変わるのかと、
驚くような場面を数多く目にしてきました。

過剰な持ち上げ方、
必要以上に距離を詰める態度、
状況によって簡単に変わる評価。

そうしたものを目の当たりにするたび、
私は次第に、お金の虚しさや残酷さを感じるようになっていきました。

いつの頃からか、大人たちをみながら、漠然と「人間の本質的な尊さとは」というものが、私の中で、整理されてい無意識の何かがあったかもしれません。

社会の縮図、『この人間社会』のピラミッドのトップの方から底辺の方まで、幼いころから、同時に接してきたことが、私のこのような視点の形成につながったと思っています。

お金と権力は、人間の成熟とは別のもの

お金や権力を持つこと自体が、悪いわけではありません。
それらがあることで、生活が安定し、選択肢が増えるのも事実です。

そして、権力を持つほどに責任が大きくなることも、目の当たりにして育ちました。時には意思を曲げることで自分が矢面に立つこと、それもひとつの責任を全うする選択であり、それによって、お金では守れない、大切な、あるいは大きな何かを守れることもあると知りました。

しかし、お金を一番の目的にしてしまったとき、
それを唯一の物差しにしてしまったとき、
人は「もっと、もっと」と、求め続けるようになります。

満たされることのない欲の中で、際限なく追い続け、
気づいたときには、どこへ向かっているのか分からなくなってしまう。

そういう人もたくさん見てきました。子供のころから……。

そこに、
人間的な成熟はあるのでしょうか。

私の一族と関わりがあった人の中にも、
もちろん、素晴らしい人間性を持った方はいました。

そして、そういう方に対しては、
やはり、両親も、自然に一目置いていました。

富や肩書きではなく、人としてのあり方に「尊敬の気持ち」をもって接していることもわかりました。環境の割には温厚だと言われてきた父も、人を俯瞰でみている冷静さもありました。

今も昔も、そして「国」や「リーダー」もおなじ

富や支配力だけで測るなら、その先に待っている未来は、
必ずしも良いものではないと思えるのです。

繰り返しますが、
お金は大切です。

ないより、あったほうが生きやすいのは間違いありません。

ただし、
それが唯一の基準になってしまったとき、
人も社会も、少しずつ歪んでいくように思えてなりません。

今の社会は、
お金や数字でしか価値を測れなくなりつつあります。
IT社会になり、「数字で測る価値」を優先する社会は
増々、エスカレートしていくことでしょう。
財産や貯金だけではなく、人物スコアもこれからさらに深化します。

SNSでの「いいね」数、視聴数などで、私たちは、数値で測られることに
慣れはじめていませんか?

人は往々にして、
どん底に落ちないと、
本当に大切なものの価値に気づけない。

それが人間の愚かさ、
あるいは避けられない性質なのかもしれません。

それでも私は、
本当の「人の骨子となる」進化や成熟は、そこにはない
そう考えています。



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