「フィクサーの娘」執筆

2026年6月11日木曜日

オリジナル小説 家族観 社会構造 昭和ブログ

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 70才がリアルになった今「もうすぐ死ぬのに」と考えることが増えた。それは、決してネガティブな意味じゃない。

もっと淡々と乾いたものだ。年齢を重ねると、そんなものなのだ。

私は60才後半。家族はみんな死んでしまった。もうそろそろいいだろう。

墓場まで持っていくつもりだった、あんなこと、こんなこと、批判されようがそれも私の人生だ。卑屈に生きてきた、内緒内緒で生きてきた半世紀を、どこにどうやって抱えて墓に入るというのか。



『人生はゲーム』
その列車の操縦席に座れば、ミラクルなゲームに過ぎないのを感じるだろう。そして、帰る場所は皆同じ。

言っとくけど、「地獄なんてものはないからね」。
自分が地獄を作り出しているだけだ。

「私の人生は地獄だ」
なぜ、こんなところに生まれ、こんな人生を歩み、こんな風に思われ、こんな思いをしなきゃいけないのかと、宿命を恨んだこともある。

しかし、今は……。

そりゃ、今の時代の方々には、ヒンシュクを買うかもしれない。しかし、みんな、本当にそう思っているのか?

そう問いたくなるような、ギスギスしたことが多い今の世の中に、私は、「昭和を生きた人々の、数々の鮮烈な人生」を、たくさん残していきたいと執筆をつづけている。




人生ハードモード。
そんな人ばかり見てきた。
レッテル張りをした側が、
全面的善意の功を奏すように世の中を闊歩する時代。

そんな時代に、
私は、「フィクサーの娘」という小説に着手した。



60年以上前の私と父の写真をもとに
AIでイラスト化した画像の部分的な切り抜き。
あまり似ていない。

 

 



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【The World of Showa Sonata】No1-e

昭和にこだわる「昭和のかたりべ」の一人として。

昭和にこだわる「昭和のかたりべ」の一人として。
【今月の昭和の景色】昭和30年の地方の駅前の喫茶店。
昭和という時代__。 表舞台に立つ者と、その陰で静かに生き抜いた者たち。政治の表にいた人達、その裏にいた人たち。
命を投げ出して守った人たち。不撓不屈の不退転で再生していった人たち。居場所を失った人たち。二度と立ち上がれず忘れ去られた人たち。夜の世界で生きた光る女たち、うずくまる女たち。バブルにおぼれて消えていった人たち。貧しさに押し流された家族。心の居場所を失った人たち。誰にも語られなかった生活の痕跡___。

華やかさでも、暴力でもなく、ただ「人」の温度が熱かった、温かかく、時に残酷で、熱く灼熱の太陽のような昭和の断片を、書き続けています。

これは私自身が見てきた人々の奏鳴曲(ソナタ)であり、昭和という時代の協奏曲(コンチェルト)でもあります。
ひとつひとつの旋律を、ひとりひとりのソナタの旋律のように執筆中。

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