幼いころから、たぶん必然的に、大人たちを観察するようになった私は、人の心理の奥をつねに見抜こうとする気持ちが芽生えてしまいました。
それは、「猜疑心が強い」とか、「疑り深い」とか「大人の顔色を読む子」とか、そういうものとは、少し違った気がします。極端にそのような類の影を落とさなかったのは、今思えば、安心できる大人、信頼できる親の愛情、一族親族の愛情があったからかもしれません。これで、親や祖父母の愛情までも薄かったら、たぶん、くらい影を自分の中に落としていただろうと思います。
そういう生き方は、社会が気づかなくても、どこか噛み合いません。
誰かのちょっとした仕草や、ふいに口をついた言葉、何気ない態度で、気づいてしまう子として成長していったからです。
もちろん、私自身が言われた言葉、態度だけではなく、誰かのさりげない二枚舌とか、大人同士の会話の中に見える欺まんとか、そういう場面を見逃さない人間になっていったという意味です。
そのせいで、勝手に息苦しくなることもありましたし、時には、誰も信用できくなることもありました。逆に、私自身が壁を作り、信用されなくなることもありました。そうして、何度もつまずいたし、人生をうまく運べなかったと感じる場面も多かったです。
「知ろうとすること」「知ってしまうこと」が、生きづらさに変わっていく。
生きづらさを回避するために、合わせてみる……。でも、どこかでつまずく。そんな矛盾をずっと抱えてきました。
この20年くらいでしょう。気づきました。遅いですが……。
合わせようとする“ブレ”、知らないふりをしたほうがいいのかという“揺れ”、その「ブレ」や「揺れ」は、私と接する人には、「ゆれるのはなぜ」というところまでは見えなかったはずです。
だから、いつも「優柔不断でブレる」「ゆらゆらしている」「ふわふわ生きてる」と見えたのでしょう。
実はブレではなかったのです。同じでいたかったのでしょう。見透かしてしまうというと、上から目線の表現に聞こえますが、どうしても「見抜いてしまう」ことが多い私の人生。これを隠したかったのでしょう。
わたしは、二重三重規準の二枚舌の中で成長しましたが、そのせいか「もっと人間の本質を知りがる人間」になっていったのです。それは、「それでも人間を信じたい気持ち」があったからです。
けれど、その過程で、大人たちにとって、社会にとっては、扱いづらい存在になってしまうこともありました。考えすぎる人間はしばしば浮きます。わたしもそのひとりでした。
ただでさえ、浮いてた生い立ちの中で、浮かないように、「みんなと同じ」になりたくて、知られないように、気を使っていたことも多かったです。
その、見て見ぬふりをして合わせてきたことは、ただの「ブレ」「ゆれ」「軸がない人」「何も考えていない人」「信用できない」となっていくこともありました。
人間の本質を知りたいけれど、みんなと同じでありたい、しかし、見えてしまう。そうなると、自分を騙すしかなかったのです。
自分で自分の心に蓋をして生きるしかなかったのです。多分、無自覚に、無意識に、そうして生きてきたのだろうと思います。今だから言語化できることです。



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